旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

ベスト・ウエスタンとコンフォート・イン

これまで散々「なかなかシャトルが来ない」と悪口を書いてきたが、私が泊まっているホテルはComfort Inn。街でも田舎にもどこにでもある、アメリカではお馴染みの大手のホテルチェーンだ。実はこのホテルは、通りに面したBest Westernというホテルの裏側にある。これもアメリカ中いたる所にあるモーテルで、(豪華かどうかということではなく)ホテル数では最大かもしれない。

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問題のシャトルバスは、この2つのホテルが共同で走らせている。先に私が泊まっているコンフォート・インで人を乗せると、広い駐車場を走って今度はベストウエスタンのロビー前に向かう。そこには大勢の人たちが待っていて、必ず何人かが乗れなくなる。駅からの帰りも、両方のホテル宿泊者がいっぺんに乗ろうとすることもあり、何人かが取り残されることになるのだ。

ベスト・ウェスタンのホテルは、もう20年も前のことだが、年末年始の休暇を取って家族でアメリカをドライブする際にはいつも泊まり歩いたものだ。王冠のエンブレムの看板でお馴染み。息子が「僕たちが泊まるホテルにはいつも冠のマークがあるね」と言っていた。浜松町に日本支社があり、いつもその年のダイレクトリーを送ってもらっていた。そのホテルリストを見て旅の計画を練るのが何よりも楽しみだった。

 

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ベスト・ウェスタンは、田舎のモーテルと街中の中級ホテルをどんどん買い占めて数を増やしたと言われている。郊外や田舎のホテルだと、アメリカは土地代が安いせいかすごく安い。ドライブルートを考えながら、まだ子供が小さかったので17歳以下無料のホテルを探す。するとだいたい60~70ドルで1泊できた。もちろん食事は付いていないが、家族4人で泊まっても6000円から7000円。ガソリン代も日本の3分の1だったから、飛行機代を除けばものすごく安く旅行できた。毎日ハンバーグやピザで我慢して、アメリカのトライブという豪華な貧乏旅行を楽しんだものだ。よく私は「日本国内を旅行するお金がないからアメリカをドライブしているんだ」と言っていた。日本なら家族4人で旅行したら、ホテル代は1人幾らだからビジネスホテルでも1泊で3~4万円はかかってしまう。アメリカなら家族4人で4泊も5泊もできる値段だ。

今はどうかわからないが、このベスト・ウェスタンが良かったのは、当日の夕方までにチェックインしなければ自動的にキャンセルできたことだ。もし外観や周囲の環境を見て気に入らなければ、黙って立ち去って別のホテルを探して泊まることもできた。だから到着が遅くなる場合は、電話で知らせなければならなかったのだが・・・。

またこのチェーンのホテルならば、予約変更も簡単にできた。気に入った場所があれば、そこでもう1泊したい。あるいはドライブのルートを変更したい。そんな時にはフロント係に頼めば、それ以降のホテルの宿泊日を全部変更してもらうこともできた。まだインターネットも全く普及していなかった時代だ。

私のコンフォート・インにしても、隣のベスト・ウェスタンにしても駐車場が広く、とても多くの車が泊まっている。ほとんどの人は車で旅していることが想像できる。ではなぜシャトルがあんなにも混むのか? それはワシントンの街に車で行くと道がわからなかったり駐車場代がかかってしまうため、このホテルに車を置いて地下鉄に乗り徒歩で、ワシントンの街を観光している人が多いからだ。

私がアメリカのドライブを始めたのはバブルがはじけた頃のことだった。「世の中の逆を行く」をモットーとしている私は、今こそお金を使って経験を積む時ではないか、と思ってしまった。同時に、私の人生最大の夢は何だろうとじっくり考えたのだった。それは「定年になったらアメリカ大陸をドライブをする」ということだった。だったら定年になる前に、それをやってみよう。今でしょ!と思い、借金をして家族でアメリカをドライブをした。それが全ての始まりだった。

その後、息子はバックパッカーとなって世界中を歩き、娘はアメリカ人と結婚して今フロリダに住んでいる。英語と日本語のできる孫も2人いる。そして私はこうして旅三昧。妻は暑さに弱いので、この夏にはどこか涼しい国に行き現地の英語とフランス語の学校に通おうとしている。

今日は完全休養日。部屋に閉じこもって音楽を聴いたり、本を読んだりしている。夜はこのホテルの小さなレストランで食事しよう。