旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

トランプの言うことは気にしなでね

47日、明け方目覚めたが、また寝てしまった。起きたのは10時。TVの画面で船の情報をチェック。ちょうど今、アメリカ大陸と最初の寄港地マデイラ島との中間を運航している。大西洋のど真ん中だ。

船の上ではいろんな面白いことが起こるので、ずっと書けなかったことがある。私は船の内側の部屋を予約していたのだが、チェックインの時に違う部屋に変更になった。そして今の部屋には窓があり海が見える。ラッキー!と言いたいところだが、窓のすぐ前には救命ボート、その隙間からちょっと海が覗けるだけだ。私の部屋はE616という一番下の階。東京のクルージング専門の旅行代理店ベストワンクルーズでは気を使ってくれてRという最上階の部屋を予約してくれた。といっても、それは内側の部屋。まあ四方を壁に囲まれているよりは、窓があった方が窮屈でなくていい。すぐ前に救命ボートがあったとしても・・・。

船の旅で一番多いトラブルは、予約していたよりグレードの低い部屋に変更になってしまうことのようだ。海側の部屋を予約していたのに内側になってしまったら、確かに「金返せ」と言いたくなるだろう。口コミには「差額を返してもらうまで1か月もかかった」なんていう苦情もあったが、よくそんな短期間でできたと感心してしまう。このプリンセス・クルーズという船会社は18の船を持っているらしく、みんなプリンセスなんとかいう名前がついている。それぞれの船で何千人もの乗船客を何千もの部屋に振り分けるのは大変な作業なのだろう。社内、あるいは船内にトラブル担当が何人いるか知らないが、数多くのトラブルが常に起こっているに違いない。質の高いサービスが当然と思っている日本人旅行者と船会社の間に挟まれて、旅行代理店ベストワンクルーズもさぞかし大変なのだろうなと同情してしまう。

この船には各階に700以上の部屋がある。私のいる一番下のEEmerald)から上にD (Dolphin)C (Caribe)B(Baja)A (Aloha)RRiviera)という6つの階があるから4,000以上の部屋があることになる。もちろん私のような一番グレードが下の部屋から海側の広くて豪華な部屋までいろいろなタイプがあるのだろう。客室以外には、下の3つの階にレストランやカフェ、顧客サービスカウンター、売店、医務室、上方の2つの階にはプールやレストランやカフェ、フィットネスセンターがある。本当にこれだけで1つの街だ。

今日もまた11時に1時間進んで、すぐに12時なってしまった。今この船の上では1日が23時間なのだ。朝は抜いてお昼を食べに行こうと思い、TV画面で気温をチェック。見ると「90°」という表示がある。もちろん摂氏ではなく華氏だろう。摂氏だと30度以上あるではないかと思ったが、方向を示す磁石のようなマークの後にあった数字だし、その横には18ktsという数字があった。これは「ノット」、巡航速度だということは容易にわかる。だから、この90°とは気温ではなく船が向かっている方角か何かかもしれない。一応90°を気温だと信じて、半袖のシャツを着て部屋の外に出る。部屋のドアの横のラックには船内新聞「Crown Patter」が毎日入っている。最初のページに今日の予想気温があったのだが、63度となっている。摂氏なら17度ではないか! どっちを信じたらいいのかと思いながら、いつものように15階にあるビュッフェに上がる。エレベータを降りてプールの横を抜けようとしたら、ものすごく寒くおまけに風も強い。すぐに部屋に戻って長袖シャツに着替えカーディガンを羽織る。 寒いはずだ。船は熱帯のフロリダを出てから、かなり北まで来ている。

天気は良かった。ビュッフェで簡単にチャーハンとサラダとパンをお皿の上に載せ、レストランの外に出てプールサイドのテーブルで食べることにした。ウェイターが来て、Something to drink?と聞く。コーヒーと水を頼んだ。もちろん無料。同じ場所のビュッフェでも、朝食時はオレンジジュースが無料なのだが、昼は有料になる。だがアイスティーはただ。その発想がよくわからない。

コーヒーと水を持ってきてくれたウェイターは若いインドネシア人だった。「ちょっと質問があるんだけど、いいかな?」と言って、仕事の邪魔をしないように気をつけて、いろんなことを聞いた。「1日に何時間働くの?」と聞いたら「11時間」だと言う。「いつも朝このビュッフェにいるウェイターたちは昼にはいないけど、休んでいるの?」「いいえ、キッチンの中とかにたくさんの仕事があって、それをやっています」「客室だけでもすごい数があるのに、君たちの部屋はどこにあるの?」「船の一番下の方に部屋があって、そこに寝泊まりしています」「私のように1人部屋?」「いいえ私は2人で1部屋です」「この船はバルセロナ2日停泊してからローマに行くらしいけれど、君は降りないの?」「そのまま船に乗り続けます。私は4か月間ずっとこの船で働いています」と応えてくれていたが、近くのテーブルに別の人が座ったので、Thank you! とお礼を言って、質問をやめた。彼は「またいつでも何でも聞いてください」とほほ笑むと、別のテーブルの方に行った。私は風の来ないテーブルに移り、ここで1時間ほど関眞興著『キリスト教からよむ世界史』の続きを読んだ。

私は高血圧で、常に水を飲むようにしているのだが、毎回レストランやカフェでペットボトルの水を2本をウェイターに注文する。レストランでの豪華なコース料理(そこで頼むジュースやコーヒー、グラスの水を含む)が無料なのに、ペットボトルの水は有料で13ドルもする。読書を切り上げ部屋に戻ろうとしたが、その前にペットボトルの水をウェイターに頼みルームカードを渡す。このカードでコンピューターに全ての支払いが登録されるようになっている。船の上では現金やクレジットカードを持ち歩かなくてもいいのだ。

ウェイターは水2本とカードを持って戻ってきた。ペルー人だと言う。私は彼に質問をした。「この船で働いたあと、休みはあるの?」「私の契約では4か月続けて働くと2か月の休みがとれることになっています」と言う。「その間には給料はもらえるの?」と聞こうとしたが、あまりにも立ち入った質問だったのでやめた。

私も若かったら、英語を猛勉強して、この船でウェイターでも皿洗いでもなんでもやって、将来のために経験を積んだかもしれない。ものすごい英語の使い手になっていただろう。この歳になって、そんなことがわかっても遅いのだが・・・。ビュッフェのウェイターにはフィリッピン人が多かった。彼らは英語ができるので、世界のどこでも仕事ができる(給料と待遇さえ気にしなければ・・・)。中には日本に何年か住んでいた人がいて、片言の日本語を喋った。

日本の若者も、日本だけが「全ての世界」だと思わずに、もっと広い世界に出てほしい。以前、派遣を解雇された青年が自暴自棄になり、秋葉原で何人もの人をナイフで刺すという事件があった。1年間でも、どこか他のところでアルバイトして金を貯めて海外でバックパッカーにでもなれば、きっとエキサイティングで楽しい毎日が過ごせただろう。そして、その経験をその後の人生に役立てれば何でもできたはずだ。世界には、いろいろな考え方があることもわかっただろう。

アッという間に午後5時になった。レストラン「ダヴィンチ」に行くと、カレンとご主人のボブがいた。ちょうど注文をしていたところだ。今日も楽しい話題で話が弾んだ。30分ほどして、小柄で優しそうな金髪のご婦人がこの席に案内されて座った。この人も「日本から来た」といったら、とても喜んでくれた。今はリタイア生活を楽しんでいるが、長いことトラックの運転手をやっていてアメリカ全土を走り回ったと言う。私が「実を言うと、今度生まれ変わったらアメリカでトラックの運転手をやりたいと思っているんです」と言うと、「それはいいわね。とても楽しい仕事だったわ」と懐かしそうな顔をした。カレンが「今の人生でのエディターの仕事はどうなの?」と鋭いところを突いてくる。

「日本ではトラックの運転手は腰を痛める人が多いんです。なぜなら休暇もとらないで毎日長時間走っていますし、問題は荷物を運び終わると倉庫への搬入までやらなければいけないことです。あなたもやりましたか?」と聞くと、「いいえ、運ぶだけよ」と応える。「それで夜はモーテル8とかに泊まって、毎日走ったんですか?」と聞くと(「モーテル8」とは、アメリカ全土で展開するモーテルチェーン。創業当時ベッドとシャワーがあるだけの部屋に8ドルで1泊できることで評判になった。しかし今は高くなって80ドル以上することもあり、全然「モーテル8」じゃないじゃないかとジョークのネタにされている)、「いいえ、私はトラックで寝ました。座席を広げてベッドにして、最高級のステレオも完備されていて、とても快適な空間だったわ」と懐かしむ。

彼女は「私はホンダの車に乗っているんです。性能も良いし大好きなの」と言った後、小声で言った。「トランプは日本の車の会社はアメリカから出ていけなどと言ってるけど、ホンダだけでなく日本の会社はいろいろな場所に工場を持っていて、とても多くのアメリカ人を雇用しているの。給料も良いし休暇もたくさんもらえると評判で、みんなが働きたがっているわ。それはアメリカ人ならみんな知ってることだから、あまり気にしないでね」。な~んだ! 日本企業もアメリカでは、ちゃんとやってるじゃないか?

私は持論を言った。「私には選挙権はないんですが、次の大統領は楽ですよね。全部トランプの反対をやればいいんですから。Make America orderly again!(アメリカをもう一度、秩序ある国にしよう)って言えばいいんです」。