旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

世界1周の旅だったことに気づく

(帰国してから、あっという間に1か月が過ぎてしまった。退職の後始末以外にもいろいろなことがあって、ブログを書けなかった。決してさぼっていたわけではない。クルーズでスーツケースを積み込む時に車輪が割れてしまい、損害賠償をしてもらっているが、そのことについてもLAの船会社と英文の手紙のやりとりが続いている。それについてもおいおい書いていくつもりだ。まずは422日、日本に帰国した日のことから書いてみたい。)

422日、朝起きるとホテルの外が騒がしい。大音響の音楽が鳴り響き、スペイン語のアナウンスがガンガン何ごとかがなりたてている。昨夜フロントで、念のために「明朝、向かいの駅に行けばタクシーがつかまるか」聞いたら、「明日はホテル周辺の道路は封鎖になる」と言う。私はその理由を聞かずに、少しホテルを離れれば、すぐにタクシーに乗れるだろうと安易に考えてしまった。

バルセロナ国際空港までホテルからタクシーで30分だと言う。出発は12時だったが、念のため3時間前の9時には空港に着けるように8時ちょっと前にホテルを出ることにした。日本では5分で終わることでも、海外では30分、1時間もかかってしまうことがある。だから何らかのハプニングがあっても余裕をもって対応できるようにしたのだ。

フロントに降りてドアの外を見ると、数多くのランナーがジョギングをしている。道路封鎖の理由はこれだったのだ。私はフロントで「マラソン大会だったんですね。朝から騒がしいので、てっきりアンダルシア独立のデモか集会か何かだと思っていましたよ」と言ったら、フロント係や私の後ろに並んでいた宿泊客も大声で笑った。フロント係の男性は「Not now」と言う。

ホテルを出てからが大変だった。どこまで歩いていっても、たくさんの選手がウォーミングアップをしていて、なかなかタクシーが走っているような道路にたどり着かない。30分後やっとのことで、タクシーをつかまえることができた。

運転手は陽気な青年だった。「アエロ・プエルト、アリタリア・ポルファボール」と言うと、Si, Siと言って猛スピードで走り出した。片言のスペイン語と英語でどうにかコミュニケーションができる。「スペインは何度目か?」「ドス」と言った調子。「アミーゴ、グラナダ」と言うと、「私の友人がグラナダにいる」ことがわかってもらえる。彼は「ママ、グラナダ」と言う。お母さんがグラナダ出身か、今グラナダにいるということだろう。

私は「少しスペイン語が話せる」と言い、「アブラ・ハポネス、セルベッサ・ポルファボール、ソモデナランハ・ポルファボール」と言うと「ビエン、ビエン」と喜んでくれる。「もうひとつ知ってる。ドンデエスタ・エル・セルビシオス(トイレどこ)?」と言うと大笑い。

メーターは38ユーロだったが、スーツケースも積んでくれたし、空港までの間楽しく過ごしたので50ユーロを渡しKeep the change.「お釣りはとっておいてください」と言うと、「ムーチャス・グラシアス」と微笑んだ。タクシーを降りて握手を交わす。I’m Carlos.と言う。ほんの30分くらいの会話だったが、永遠の友達になれそうな好青年だった。

飛行機に乗ると、右に3人、左に3人で真ん中に通路があった。ローマまで2時間。それならトイレも我慢できるだろうと思い窓側の席を取ったのだった。横の通路側の2座席にはスペイン語を話すカップルがいた。男性は腕がタトゥだらけ。たまに「ハポン」という単語が聞こえてくる。日本に興味があるのだろうか? 

飛行機が飛び立った。窓から下を覗くと意外と緑が多い。もう何年も前、マドリッドからモスクワに飛んだことがあったが、その時は街の周辺は砂漠のように真っ茶色で、マドリッドの街は何か広大な砂漠に浮かぶ島のように見えた。スペイン1と2番目の都市で、ずいぶん違うものだ。

ローマが近づいて来たようだ。下を見ると青い海と2つの島が見える。エーゲ海の島だろうか?

だが、その地形からすると、コルシカとサルデーニヤ島なのかもしれない。2つの島はこんなに近かったんだ。

ローマのレオナルド・ダヴィンチ空港でトランジット。まだお土産を買っていなかったので、免税品でチョコレート3箱とキーホルダーを購入。成田行きの飛行機に乗り込む。すると、何と同じ座席にバルセロナからの飛行機で同じ座席だったスペイン人のカップルがいるではないか! ただし今度は私が座席側の席。私がWe shared the same seat together on the plane from Barcelona.と言うと、彼もWhat a coincidence!と驚く。日本に行って10日滞在するのだと言う。彼は初めての日本、彼女は2回目だと言う。「日本でどこに行くのか?」と聞くと「東京だけ」だと言う。

「日本ではこれから長いholidayが始まる。観光地は混んでいるけど都心はガラガラだと思うよ」と言うと、「Golden Week?」と言う。よく知っている。「で、その休みはどのくらい続くの?」と聞くので「9日間」と教えてあげる。

11時間で成田に着いた。その時初めて気づいた。私はアメリカのワシントンDCから始まってフロリダに行き、大西洋をクルーズしてバルセロナ、そこからローマ経由で帰ってきた。そうか、世界を1周したんだ。

空港には妻が車で迎えに来てくれていた。50日振りの日本。成田からの風景は日本的で優しい景色だった。明日の火曜は休んで、明後日の水曜日には会社に行って挨拶、木曜は人間ドックだ。そしていよいよ金曜日には退職の辞令をもらう。さてその後には、私にはどんな人生が待っているのだろうか?