旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

 ノルマン・コンクエストを描いたタピスリー

8月21日、フランス・ノルマンディのバイユーという村に滞在。ここにはノルマン・コンクエストの様子を刺繍したタピスリー(英語ではタピストリー)があり、世界記憶遺産となっている。

日本ではあまり知られていない小さな村のタピスリーだが、やはりフランス人とイギリス人にとって「ノルマン・コンクエスト」は大きな出来事だったのだろう。多くの観光客で賑わっていたので驚いてしまった。英語とフランス語が飛び交っている。

タピスリーの大きさは縦50㎝、長さが何と70m。それを見ながら音声ガイドで解説が聞けるようになっている。このタピスリーが刺繍された11世紀には文字が読める人が少なかった。だから誰でもノルマン・コンクエストの経緯がわかるように絵物語のようになっている。

最初は、イングランド王のエドワードが、息子ハロルドをフランスに派遣して、縁戚関係にあるノルマンディ公国の王ギヨーム(後のウイリアム)をイングランドの次の王に指名することを本人に伝えに行くという場面から始まる。ところが船が目指す港に着かず、別の公国の領土に不法侵入したということで捕らえられてしまう。この頃にも治外法権という考え方があったのか、ノルマンディ王国の王ギヨームもうかうか手を出せない。その後、身代金を要求されたりといった様々な交渉をする様子が描かれるが、最終的にはハロルドはノルマンディ公国に引き渡され無事にギヨームに会うことができ、イングランド次の王になることを伝えることができた。

その後、ローマ法王立ち合いのもとで次の王位につくことを約束する儀式まで行ったことが、このタピスリーには描かれている。

でも、この話はイギリス側の「1066 Battle Museum」という野外博物館で聞いた話とかなりニュアンスが違う。あちら側では、エドワード王が亡くなる前に、息子ハロルドに次の王になることを命じたことを強調していた。かなりイングランド寄りの話になっている。

ハロルドの父エドワードは、以前乗っていた船が遭難したことがあり、ノルマンディのギヨームに救出されたことがあった。その時「イングランドの次の王様になってほしい」と言った。でもそれは命が救われた安堵感と、そうでも言わないと殺されてしまうのではないかという恐怖心があったからだという風にも言われている。つまり王位を継いでほしいと言ったのは「本心からではなかった」というのが、対岸のイングランド側の主張だ。

つまるところ、エドワードが煮え切らない性格だったために混乱が生じ、フランス・ノルマンディの王がイングランドを征服してしまうというダイナミックな歴史的事件が起こったのではないだろうか。歴史というのは、そんなちょっとしたことで大きく変わってしまう。

ハロルドが戦死する場面もパテスリーにはあった。イングランドに上陸したギヨームの兵隊が放った矢がハロルドの目に命中し絶命したという説がある。その根拠となっているのは、このタピスリーにその様子が描かれているからなのだが、目に刺さった弓が薄くてよくわからない。このタピスリーは写真で紹介されることもあるが、この弓がリタッチされて濃くなっていることもある。何しろ、もう1000年も昔のことなので真偽は不明のままだ。

このバイユーは、多くのアメリカ人も訪れる場所だ。彼らの目的は11世紀のタピスリーではない。1944年のノルマンディ上陸作戦の激戦の跡を見て廻ることだ。いくつかある上陸地点には「オハマビーチ」「ユタビーチ」などといったようにアメリカ風の名前がつけられている。近くには戦死したアメリカ兵の墓地もあり、墓参するアメリカ人が絶えない。

夕方、またホテルからスーツケースを転がしバイユーの駅に行く。次の目的地シェルブールへの切符を買っていると、窓口の人が「後2分で列車が来るから急いで」と言う。慌てて重いスーツケースを持って階段を走って昇る。火事場のバカ力というのだろう。ぎりぎりで列車に飛び乗ることができた。