ネス湖の水は黒かった
8月27日(月)、ネス湖にほど近いDingwallという村のホテル。朝食を終えて外に出ると、雄大な自然が広がっていた。
小さなフロントにオーナーらしき男性がいた。「昨日ここにいた少年はあなたの息子さんですか?」と聞くと、「このホテルのスタッフのお孫さんです」と応えた。私は「とてもsmartで将来が楽しみな少年ですね」と言うと、「Thank you!」と礼を言う。
「大自然に囲まれたこのホテルも素晴らしい。いつホテルを始めたんですか?」と聞くと、「30年前です。でも、もう売ろうかと考えています。あなた、このホテルを買いませんか?」と真顔で言う。冗談とは分かっていたが、私も「日本から遠すぎるので、ちょっと難しいですね」と応えた。
「これからどちらへ行きますか?」と聞かれたので、ネス湖で遊覧船に乗って、それからグラスゴーに行きます」と応えると、「ネッシーに会えることを祈っています」とほほ笑んでくれた。
朝9時、GPSをネス湖の遊覧船が出るClansman 桟橋 にセットして出発。30分でいけるはずだったのだが、妻がヒースロー空港で捨てられた化粧品や化粧水類を買うために途中でスーパーマーケットに寄ったり、例によってまた道を間違えたりして、その桟橋に着いたのが11時を過ぎてしまった。何と2時間以上かかってしまったのだ。
遊覧船は毎正時に桟橋から出港する。だから次は12時ということになる。30分でアーカート城に着き、1時間後にまた迎えに来てくれる。さらに桟橋に戻るのが30分。ということはここで2時間の時間が必要となる。今晩はグラスゴーの手前の町のホテルに泊まることになっている。かなり距離があるし、まだ明るいうちに着けるだろうかとちょっと不安になってくる。私の心づもりでは、朝9時にホテルを出て、10時に遊覧船に乗り12時にはネス湖を離れたいと思っていたのだが、もう2時間も遅れてしまっている。
ネス湖は、思ったよりはるかに小さな湖だった。Lake NessではなくLoch Nessと呼ぶ。Loch とはスコットラン語で「湖」のことだ。細長い川のような湖で対岸がすぐ近くに見える。11時50分、桟橋で待っていると、遊覧船がたくさんの乗船客を乗せて戻ってきた。スピーカーから大音響でバグパイプの「蛍の光」のメロディが流れてくる。そう、この曲はもともとスコットランド民謡だ。
船に乗り込むと、すぐに出発。湖水が驚くほど黒い。これはpeatという炭状の泥が溶けているからだという。だから日に光る波頭の反対側の影は異様に黒く見える。確かに何かそこに黒い生き物がいるようだ。
ボートは20分でアーカート城に到着。黄色い札を渡される。1時間後に乗船する際にそれを渡すのだと言う。人数確認と無賃乗船を防ぐためだ。
1時間の間じっくりと、今はもう廃墟になってしまったお城を見学する。1230年の築城だが、70年後にエドワード1世のイングランド軍に攻め滅ぼされたのだと言う。前は湖で見晴らしがいいし、後ろは急峻な山。城としてはとても良い立地だったと思うのだが・・・。
2時に桟橋に戻り、車で20分ほどのところにある「ネス湖エキシビション・センター」へ。ネス湖やネッシーに関する様々な情報を、映像とナレーションとで解説してくれる。
次に隣にあるネッシーランドへ。ここには行かなくてもいいかな、と思ったのだが、何度も来れるところではないので入ることにした。受付にいたおばあさんが「1人6ポンドだが5ポンドでいい」と言う。一抹の不安を覚えて、中に入ってみると、その展示は日本の中学校や高校の学園祭のレベルで、模造紙にいろいろな説明書きがあるだけで中身が薄い。「エキシビション・センター」とは比べるべくもなかった。
もう3時30分、今晩はグラスゴーの郊外のClydebankという町のホテルに泊まる。もう私が朝に想定したスケジュールよりも、3時間も遅れている。どうにかして、明るいうちに着きたい。
妻はひたすら車を走らせる。このあたりにはネス湖だけでなく細長く、川と言ってもいいような湖がたくさんある。景色は素晴らしいが、それを楽しむ余裕はない。GBSには「午後8時の到着」と表示されているが、暗くなる前に着けるだろうか。
Fort Williamという町に入った。ネス湖観光の南の玄関口。車窓から、道路の両側に洒落た感じの家並みが見える。なんとなく私の心にしっくり来る雰囲気の良さそうな町だ。この時点で午後5時を過ぎていた。
その先、Ballachulishという小さな町で道路が2つに分かれていた。目的地までは、明らかに左の道を行った方が近い。さらに車を40分ほど走らせると進んでいくと、広大な草原の左右に高い岩山がいくつか見えてきた。あまり景色に感動しない妻が「こんな景色は日本にはない!」と驚愕している。そこで車を停めて、しばらく休憩。
さらに先を急ぐ。運転している妻が「いま対向車線でバイクに乗った人が、右手の人差指をぐるぐる回していた。なんだろう?」と言う。今度は対向車線のトラックがライトを点灯させて上下にカチカチと動かしている。さらに先を行くと、何台もの車が停車しUターンしている。道路の前方からも、どんどん車が引き返してくる。車の窓を開けて戻ってきた運転手に「What Happened?」と聞くと、「この先が通行止めになっている」と教えてくれた。
先ほどのBalalchulishというところまで戻って、もうひとつ別の道に迂回しなければならない。でも、そこに戻るには50分ほど時間がかかる。何と1時間40分のロス。日本的な感覚では、他の道に迂回するのはそれほど大変ではないが、しスコットランドにはそれほど多くの道路があるわけではない。おまけに、この迂回路では目的地までものすごい遠回りになってしまう。そうすると、3時間以上余計に時間がかかることになる。日本なら「この先通行止め」とかの看板が必ず出ているだろう。本当に不親切だ。
いつの間にかあたりは真っ暗になった。日本の夜の暗さとは比べ物にならない。こういうのを漆黒の闇夜と言うのだろう。左側には細長い川のような湖があるらしく、黒々と水を湛えている。妻も怖かったと思うが、黙ってけなげに運転している。
やっとのことで、グラスゴーまで10キロの地点まで来た。よし、もうこれで大丈夫だ! 次のロータリーをグラスゴー方面に行けば、その手前の町にあるホテルに着けると思ったのだが、何とグラスゴー方面の道が通行止めになっているではないか! 仕方なしに別の道を行く。こんな細い道はスマホのGPSには出ていない。ナビゲーターの私もお手上げ状態。それでも妻は真っ暗闇の中をどんどん車を走らせる。もはやどこをどのように走っているのか、皆目見当がつかない。私は「とにかくA82という道の方に向かって!」と言うしかないが、そんな標識は出て来ない。
だが、30分ほどすると、何と「A82左折」という標識が出て来たではないか。A82に入り10分ほどすると、Clydebankというホテルがある町に入ったことがわかった。
結局ホテルにたどり着いた時には、午後11時半を回っていた。