旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えました。いま世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆とともに、旅先ではこのブログを書いています。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

9時間がアッという間。クラクフからブダペストへの列車の旅

74日(木)、朝830分に起き1階のダイニング・ルームで朝食。今日はクラクフからブダペストに行く。列車で何と9時間もかかる。おまけに寝台車を除いて直通は11本なので、絶対に遅れることはできない。

身支度を終えパッキングも済ませ10時にフロントに降りる。列車の時刻は1020分。すぐ駅前のホテルなので、遅れることはないと思うが、海外ではどんなハプニングがあるかわからない。

フロントには男性がひとりいたが、電話で誰かと話している。宿泊客だろう。それがなかなか終わらない。いらいらして待つ。日本なら2人体制で、どちらかがチェックアウトの手続きができなければ、もう1人がカバーするところだろう。5分経ってやっと電話を切った。もう15分きりない。

スーツケースを転がして駅まで走る。電光掲示板で何番線か見ると「5」と言う数字。一番遠いホームだ。もう列車は停まっていた。これまではファースト・クラスだったが、今日は全車両が2等車になっている。乗り込んで席を探す。コンパートメントの中には6つ座席があった。進行方向前向きだが、3人掛けの一番真ん中。テーブルは窓側の席の前だけにある。これではパソコンを開いてブログを書けそうにない。一昨日、ワルシャワからクラクフに来た時には、何と無料の食事のサービスもあって優雅な列車の旅だったが、今日はちょっと窮屈な旅になりそうだ。

コンパートメントには先に女性が入っていた。大きなバックパックを上の棚に載せようとしている。片方を支えて一緒に押し上げる。私の重いスーツケースは通路に置こうかと思ったが、通る人の邪魔になるので、どうしようかと迷っていた。躊躇していると、彼女が「それも載せましょう」と言って、一緒に棚に上げてくれた。今回の旅でスーツケースを棚に載せたのは、これが初めてだった。

彼女はオランダ人。とてもしっかりした感じの女性だったが、まだ学生だと言う。2人で話をしていると、コンパートメントに男女の若いカップルが入ってきた。男の子は両手にコーヒーカップを持っている。彼らもそれぞれ大きなバックパックを持っている。奥のオランダ人の女性が女の子のバックパックを持ち上げて、どうにか棚に載せた。私はまだ通路にいた男性に「せめて私はコーヒーを持っていてあげましょう」と言い、両手でカップを受け取った。カップルは2人でもうひとつのバックパックを棚に載せた。

列車は走り出した。座席の下にコンセントがあるか探してみたが、みつからない。通路にはあったが、パソコンの絵には×がついている。ということはiPhoneも充電できず音楽も聴けない。駅に着いたらiPhoneの地図でホテルを探さなくてはならない。充電が切れていたら面倒だ。iPhoneの電源をオフにする。でも列車でパソコンやiPhone以外に充電が必要な物って何だろう? 

男の子はイギリス人でリーズに住んでいると言う。女の子の方はポーランド人。2人ともまだ若い。私が日本人だと言うと、カップルの女の子が「友達が今度日本に行くんです。とても楽しみにしているようですよ」と言う。

ブダペストまでは9時間もある。私は「9時間と言うと、LAから東京までの飛行時間と同じですね」と言うと、イギリス人が「飛行機で東京までどのくらいかかるんですか?」と聞く。「私はウィーンからモスクワ経由で帰るんですが、まずウィーン・モスクワが3時間、東京まではさらに9時間です。そう、まさにこの列車と同じ時間です」と答える。

去年の夏、イギリスに行ったという話をする。「妻が1か月、ボンマスの英会話学校に行っていました。学期が終わる直前に私も合流して、一緒にエジンバラまで飛行機で飛んで、そこからネス湖ハドリアヌスの長城があるカーライル、湖水地方ウィンダミアまでドライブしたんです。ラウンド・アバウトがあって、何度も道に迷って大変でした」。女の子が私に「英語が上手ですね」とお世辞を言ってくれる。「ホリデイなんですか?」と聞かれたので、「去年4月に勤めていた出版社を定年退職しました。ですからeternal holiday(永遠のホリデイ)なんです。

実は、私はライターで、『アダムのリンゴ』という本を書いています。副題は『歴史から生まれた英語』です。古代ギリシアから現代のIT用語まで歴史から生まれた英語表現を紹介した本です。特に『ノルマン・コンクエスト』に興味があって、去年も妻と合流する前にヘイスティングスに行きました」と言うと、男の子が「バトルにもいったんですか?」と聞く。「ええ、1066 Battle Museumは素晴らしい野外博物館でした」と答える。

オランダ人の彼女も興味深そうに聞いている。「ああ、そうだ。英語の『gas(ガス=気体)古代ギリシアの神『Chaos』(カオス=混沌)をヒントにしてオランダ人の化学者が創った造語だって知ってましたか?」。「えっ、そうなんですか?」と彼女が言うので、「オランダ語でカオスを発音してみてください」と言うと、彼女は「ガォス」と発音する。「ね? ガスに似てるでしょ?」というと、「なるほど本当にそうだわ」と顔を輝かせた。

列車が走り始めて1時間半ほど経ってトイレに行った時に、隣のコンパートメントには誰もいないことに気づいた。コンパートメントに戻り、3人に「隣は誰もいないので、少し寝てきます」と言うと、みんな頷く。私もだんだん厚かましくなってきたようだ。

2時間ぐらいコンパートメントを独り占めして3人掛けの座席に横になっていると、列車が停まったようだ。体を起こすと、なかなか大きな駅だった。ガシャンという音がしてショックを感じた。他の車両とドッキングしたようだ。3日前に時刻表をチェックした時、私は別の列車でこの駅まで来て、ここでブダペスト行きに乗り換えると思っていた。だがチケット・カウンターでは「直通があります」と言われた。

理屈がわかってきた。私が乗った列車はクラクフを出発したが、それより何時間か前にワルシャワを出た列車はクラクフで停まらずに先にこの駅に着いていた。ここでは私自身が列車を乗り換えるのではなく、私がクラクフで乗った列車が、そのままワルシャワ発・ブラペスト行の列車に連結されたのだ。

私が寝ていたコンパートメントにおばあさんが入ってきた。私はしばらくそのまま座席に座っていた。もう「ハンガリーとの国境を越えたのですか?」とそのおばあさんに聞くと、「いいえ、チェコに入りました」と言う。国が変わるたびに車掌も変わる。その度に検札がくる。私がユーレルパスと予約券を渡すと、違うコンパートメントの違う座席に座っているのに、何も言わずに返してくれた。

また何時間か走った。途中の駅でものすごい数の人たちが乗り込んできた。通路まで一杯になったので私の本来の自分の席に戻った。4時になった。私もさすがにお腹がすいたので、カップルの男の子に「この列車にはレストランが付いているんだよね?」と聞くと「Yes」と答える。「ちょっと食堂車に行ってくる」と言い、バックパックを背負って4つ前の車両に向かう。通路や連結部分まで人で一杯だった。荷物をどかしてもらい、床に座り込んでいる人には立ち上がってもらって通路を進む。人がぎゅうぎゅう詰めで通れそうもないところもあった。もう食堂車に行くのを断念しようと思ったが、ここはヨーロッパ。遠慮していたら何もできない。謙譲の精神が尊ばれる日本ではない。大声で「レストランに行きます。通してください」と言って、どいてもらう。

途中からはファースト・クラスになっていた。この車両がワルシャワから来たのだろう。そして私がクラクフから乗った2等車がそれに連結したのだ。やっとのことで食堂車に到着。空いていた。ほんの数人が食事をしたり飲み物を飲んでいるだけだった。中にはビールやシャンペンを飲んでくつろいでいる人もいる。

私はボルシチ・シチューを注文し、パンとコーヒーも付けてもらった。座席の横にコンセントがあった。パソコンに×のマークは付いていない。バックパックからコードを出しiPhoneにつなぐ。これで充電切れの心配もなくなった。イヤホンで音楽を聴きながら外の景色を眺める。本当にきれいな田園風景だ。何時間見ていても飽きることはないだろう。到着までまだ4時間もある。ゆっくりシチューとパンを食べる。コーヒーも5分に一度口をつけて啜るくらいのペースでゆっくりと過ごした。

食堂車には1時間ほどいただろうか? コンパートメントに戻ると、オランダ人の彼女はサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいた。表紙のタイトルがオランダ語ではなく英語だったので私にもわかった。彼女は本を閉じると、今度はリンゴを齧った。かなり倹約しているようだ。私も見習わなければいけない。

3人とまたいろいろな話をしていたが、そのうちにカップ2人が誰か知り合いに似ていると思い始めた。誰だろう? そうだ。イギリス人の男の子はNHK大河ドラマの歴史考証を長年やっていた(まだやっているのかな?)大森洋平君に、ポーランド人の女の子は私が勤めていた出版社で同僚だった編集者の小沼智子さんに似ている。といっても、誰だそれ?と言う人も多いだろうが・・・。

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2人に許可をもらって写真を撮る。ブログに載せてもいいと言う。「残念ながらtextは日本語なんだ。でも写真だけ見てね」と言って、名刺にこのブログのURLを書いて手渡す。もちろんオランダ人の彼女にも。

列車は7時半にブダペスト駅に着いた。「9時間がちっとも長く感じなかった。それもみなさんのお陰です。ありがとう」と言って、私は3人と別れた。本当に楽しい列車の旅だった。