旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

アメリカでは3000円で運転免許が取れる

7月18日(水)、娘の家族はアメリカに帰っていった。2人の孫にとっては実質初めての日本は「とても楽しかった」と言う。フロリダの生活は、家も広くて住環境は申し分ないし、どこに行くのにも車で簡単に行ける。日本のようにバスに乗って電車を何度も乗り継ぐこともない。でも、アメリカの生活は日本のように刺激的ではないと言う。
アメリカでは歩いてどこかに出かけるということをしていないので、孫2人も、そして娘も夫も、日本で二週間過ごしてみて、移動に必要な体力がなくなっていることに気づいたようだ。
娘は、アメリカで車の免許を取ったので、まだに日本では運転したことがない。何年か前に、娘に免許を取った直後に、空港まで車で迎えに来てもらったことがある。その時、娘が運転し私が助手席に座ったのだが、とても不思議な気がした。
娘がアメリカで免許を取るのにかかったお金はたった30ドル。3,300円だ。4月に大西洋横断のクルーズ船に乗った時に、アメリカ人たちに「日本では車の免許を取るのに最低でも3,000ドル(33万円)かかる」と言ったら、みんな驚いていたっけ。
日本では、他の車とすれ違う時、その車が待っていてくれた時などには、「お礼代わり」に軽くクラクションを鳴らすが、娘曰く「アメリカでは決してクラクションを鳴らしていけない」と言う。「クラクションを鳴らすということは、よほどの緊急事態ということになり、相手が驚いて何事かと思ってしまう」と(NYにように、イエローキャブがものすごい勢いでクラクションを鳴らしていて、それが街の名物となっているところもあるが、あれはアメリカでも例外中の例外だと言う)。
横入りさせてもらった時などには、その車にハザードランプを点滅させて「お礼」の意を表明するが、「アメリカではそれはやめた方がいい。周りの車の人は、何かの緊急事態かと勘違いしてしまう」とも言う。hazardとは「危険」という意味だ。
私は。8月中旬からイギリスとフランスに行き、留学中の妻と合流して、その後2人でエジンバラに行ってレンタカーを借り、スコットランド湖水地方をドライブする予定。日本で運転する時の癖が出ないように、お互いにチェックし合うことが必要だろう。
7月21日(土)午後4時、NHK文化センターに小林和男さんと三井物産の目黒祐志さんの講座「不思議のロシア」の2回目があり聴講。「プーチンは元KGB、だから毒ガスなどを使って政敵を殺害している。新聞でプーチン批判を展開した女性ジャーナリストも殺された。これはプーチンの仕業」などという話を信じていて、質問した人がいたのでビックリしてしまった。まだそんな人がいたんだ!
地下のライオンで二次会。いろいろな人と知り合う。私も自分の著書のこと、今度NHK文化センターで「おもしろい英語」について講座を持つことなどをPRさせてもらった。
7月23日(月)、日本記者クラブで内外メディア研究会の講演。読売新聞の橋本五郎さん。なかなかの人情家。これほど人々の苦しみや悲しみ敏感な記者も珍しい。
午後5時に、渋谷の牛舎で小池君とお茶を飲む。ひとりで大冒険したNYのことが、忘れられない思い出になっているようだ。

「アンデルセン公園」と「おもちゃ王国」

710日(火)、娘だけが東京で人と会うため、娘の夫と私で孫2人を柏アリオに連れていき遊ばせる。子供用のかなり広いマットのスペースがあるのだが、近くに玩具店もあり、ちょっと目を離している隙に1人がいつの間にかそっちへ行ってしまう。娘の夫と2人で見てないと、どこに行くのか、何をしでかすかわからない。

711日(水)、自宅から車で30分ほどの「船橋アンデルセン公園」に孫たちを連れていく。この公園は、外国人が行きたい場所として東京ディズニーランドに次いで第二位に選ばれたという。娘と息子が小さい頃よく行ったが、あまり良く覚えていない。いつの間にディズニーランドに匹敵するような公園になってしまったのだろうか?

船橋市がやっているのか民間の経営なのかわからないが、4歳以上の子供と大人に入場料がかかったものの、65歳以上の私と3歳の下の孫は無料だった。入場して少し歩くと、子供でも昇れるタワーがあり、その天辺からチューブの中を降りるスベリ台があった。かなり高いので心配だったが、タワーは絶対に子供がケガをしないような造りになっていて、細かなところまで安全面の配慮がされていることがわかる。2人とも大喜びで、何度もチューブの滑り台で降りてきた。

そのタワーの先には、鉄の棒でつくられたお城があり階段を上がると、一番上からローラー式の30メートルほど続く滑り台があった。その滑り始めはかなり高い位置にある。恐らく地上15メートルはあっただろう。上の孫は難なく滑り降りた。私は下の孫と一緒に滑ろうと思って昇ったのだが、あまりの高さに恐怖を覚え、下の孫も怖そうにしていたこともあり、断念して2人で階段で降りてきてしまった。

今度は上の孫が下の子を連れて上に上がり、2人で一緒に下まで滑り降りてきた。次からは下の孫も1人でも滑れるようになった。何度も何度もこの高くて長い滑り台を滑った。目の前の壁を乗り越え、自分に自信がついたようだった。こうして子供は少しずつ大人になって行くのだろうとまで思えた。

その先には子供用の「じゃぶじゃぶ池」があり、遠足で来ていた大勢の小学生に交じって、2人ははしゃいでいた。

奥にはフィールドアスレチック。上の孫には娘の夫が着き添い、下には私が着いた。私はもともと運動神経が良く、この手のものは大得意だったのだが、今では歳をとり平らな道でさえもちょっと石ころを踏んだりするだけでよろけてしまう。下の孫がロープの網の中に入って途中で動けなくなってしまった。だが、私も体が重くなっているし、脚も上がらないのでなかなか孫のいるところまでたどり着けない。第一、狭くて網の中に入れない。そんなことが何度かあったのだが、私にはどうすることもできなかった。

そんな私を見て孫が英語で言った。Jichan, you are useless! (爺ちゃんの役立たず)。「役立たず」と言われたのは何年振りだろうか? そして今度は日本語で言った。「キミはママのおとうさんじゃない」。

そういえば、娘は小さい頃からフィールドアスレチックが得意だった(きっと私に似たんだと思っていた)。アスレチックで何でも敏捷にこなす娘を見て、他の知らないお母さんが言っていた。「あの子、女の子なのに凄いわね」と。

この「アンデルセン公園」は楽しめる。子供の視点で子供が楽しめて、挑戦と冒険ができる遊具がある(数は多くないが)。それが日本を訪れる外国人に人気がある理由だろう。園内では中国語も飛び交っていた。

712日(木)、12時の新幹線で軽井沢に。孫たちは夢だった新幹線に乗れる! 停車中の新幹線があったので、車両の先頭に行って写真を撮る。自由席なら子供は無料なので、私が先頭に並んで席を確保。娘の家族は4人で向かい合って座ることができた。

70分はアッという間だった。すぐに旧軽に行こうと思ったのだが、娘が「私は行きたいが、子供たちには面白くないだろう」と言い出し、アウトレットで保養所のチェックインの時間まで時間をつぶすことにした。

子供遊び場もあった。大はしゃぎで遊んでいる孫たちを見ていると、やっぱり子供達には旧軽よりこっちの方が楽しいだろうなとつくづく思った。

娘は以前から「日本のアウトレットはアウトレットではない」とよく言っていた。ニューヨークの郊外のアウトレットなら、何と「定価の70%オフ」くらいで服や靴が買えるらしい。「それが本物のアウトレットで、日本のはただ単に有名ブランドの店が並んでいるだけ、ちっとも安くない」と。

13日(金)は、軽井沢からバスで1時間。「おもちゃ王国」に行く。この前の「アンゼルセン公園」と比べると入場料も高い。私のような65歳以上の老人からも、3歳の孫からも入場料を取る。それぞれ2000円プラスすると「アトラクション・フリー」のチケットが買えるが、「アユのつかみ取り」などいくつかは別料金と聞いて、それぞれのアトラクションに乗る際にチケットを買うことにした。これが大きな間違えだった。簡単な乗り物でも、500円から600円もする。3、4回も乗ればすぐに2000円になってしまう。結局、一人当たりプラス4000円も払うはめになってしまった。失敗したと思っても後の祭り。

入場料を払えば後は無料で思う存分に楽しめる、あの船橋「アンゼルセン公園」とはえらい違いだ。もともとこの[「おもちゃ王国」は近くのホテルがあり、そこに宿泊してもらうためにできた遊園地。お金を落としていってもらわないと困るのだろう。

去年、親友の韓国人と「鬼押し出し」に行った時に、はるか遠くの山の裾野に観覧車が見えた。あれがこの「おもちゃ王国」だったのだ。私は「那須ハイランドパーク」だとばかり思っていたが、よく考えてみれば那須がこんなに近い訳がない。

714日(土)、保養所からタクシーで旧軽に行く。ちょっと散策してから、赤バス熊野神社と見晴台に行こうと思ったのだが、すぐにバスが来てしまった。熊野神社は長野側と群馬側の県境にあり、二つの神社に分かれている。パワースポットとしても有名らしい。お参りしてから、階段下の茶店であんこ餅の入ったかき氷を食べて、バスに乗り旧軽に戻ろうとした。ところが下の孫がバスの中で寝てしまい、しかたなく旧軽で降りるのを諦め、終点の万平ホテルまで行くことにした。そこならタクシーを呼べると思ったからだ。

娘の夫は大きめのスーツケースを持ち運んでいたが、ホテルのスタッフが親切にもクロークで預かってくれると言う。ジョン・レノンがいつも飲んでいたというロイヤル・ミルクティを出すカフェも、レストランも順番待ちの人たちで一杯だった。少し椅子に座って休んだが、下の孫がまだ目が覚めないので、そのまま4時までアウトレットで時間をつぶそうということになった。

ホテルのスタッフが、宿泊客でもない私たちの荷物を預かったくれただけでなく、タクシーまで呼んでくれた。さすがに一流ホテルは違うと感動してしまった。いつか必ずこのホテルに宿泊しようと誓った。

娘の家族は、これから松本の友達の家に2泊する予定。そのご主人は医者なのだが、土曜なので診察が午前中に終わってから上田の駅まで迎えに来てくれると言う。

私は駅の休憩所でスーツケースの番をし、娘たちはアウトレットに行って、カフェに入ったのだが、ものすごい混みようで途中で断念して帰ってきた。

420分のしなの鉄道快特5時ちょっと前に上田に着く。改札でその医者の友人が待っていてくれた。みんなはその人の車に乗って松本に行ったが、私は1人で上田城公園を散策してから新幹線で帰ってきた。

何をする訳でもなかったが、疲労困憊の4日間だった。

孫たちとの怒涛の日々

76日(金)、元同僚の荒川君と渋谷のクッチーナでパスタを食べる。彼も「あと2か月で定年だ」という。「やっと会社を辞めるという実感が湧いてきた」と。

1時半に荒川君と別れ、ドンキホーテで孫たちの室内履きのスリッパを買って羽田に急ぐ。到着は335分だったが、20分ほど早くなった。

出口から娘の家族が出てきた。みんな元気そう。下の孫は飛行機の中で10時間も眠ったが、上の方はゲームをやっていてほとんど寝なかったと言う。京急で品川に。行きは特急で10分ほどだったが、各駅だったので20分かかった。品川から上野・東京ラインで柏まで直通で来る。孫2人は電車にほとんど乗ったことがないので、普通の電車に乗るだけで大喜び。我々にとっては日常的な車窓からの景色を大いに楽しむ。新幹線に乗るのが夢。来週の木曜日に軽井沢行って2泊するので、その夢がとうとう叶う。

柏の駅に着く。上の孫は回転寿司が食べたいと言ったのだが、ちょっと遠いので駅前のジョナサンで夕飯を食べ、タクシーで私の家へ。家に入った途端、上の孫が「僕はホテルに泊まりたい! この家では眠れない!」と泣き叫び始めた。我が家は想像していたホテルとは大きく違っていたようだ。娘は「ホテルだとお金がかかるので泊まれない」と説得し、私には「24時間以上寝ていないので、興奮しているのではないか」と言う。実際に、翌日は何もなかったかのようにケロっとしていた。

7日(土)、月曜日に神社に行って七五三の祈祷をしてもらうので、朝10時に貸衣装店に行って衣装合わせ。上の孫は「青色でドラゴンの絵が入っている羽織がいい」と言っていたのだが、その通りの衣装が見つかりすっかりご機嫌。金色の袴と合わせてみたら、文句のつけようのない姿になった。昨日、泣き叫んでいたのが嘘のよう。下の方も緑の羽織が見つかり、黄色の袴を合わせてみたら、これも気に入ったようだ。

お昼は上の孫の希望を叶えようと「ららぽーと」の回転寿司へ。ところが、ものすごい混みようで1時間以上待つ。私は午後4時からNHK文化センターで、小林和男さんと三井物産の目黒祐志さんによる「不思議なロシア」という講座があったので、ひとりフードコートでモスバーガーを食べて青山へ急ぐ。

この講座は素晴らしかった。ロシアという国の既成概念が覆される。次の21日(土)の講座は、先約があって断念したのだが、キャンセルして参加することに。

翌日は柏のあけぼの公園で6家族が集まってのBBQパーティがあり、朝10時に車で送って行く。みんな娘が住むフロリダの町に住んでいた人たちばかり。娘の家族が来日するというので、神奈川や都内、所沢など遠くからも、この柏の公園に集まってくれたのだった。

その町にはフロリダ州立大学があり、みなさんそこに留学や研修をしていた人たち。奥さんたちの中にも何人かお医者さんがいる。日本の大学病院や研究医療機関から派遣されただけあってエリート中のエリートばかりだ。

家に戻って大量の洗濯を終えると1時半。娘から「2時頃に迎えに来てほしい」と電話。2時ちょっと過ぎに公園に着いたが、案の定子供たちが遊んでいて、なかなか解散にならない。私もしばらくみなさんと一緒に話をする。

3月に娘の家に行った時に、年度末のため研修や留学を終えて帰国する人のための「送別会」が開かれていた。私も飛び入りで参加したので、顔見知りの人も多い。「大西洋クルーズをしたんですよね? いかがでしたか?」などと聞かれる。

バドミントンをやっていて、ラケットが子供の顔に当たってしまい鼻血が出てしまった。ご主人たちが皆かけつけるが、考えてみたら全員がお医者さんだった。大事に至らなくてよかった。

9日(月)、朝9時半に松戸。旅券事務所に孫2人のパスポートの申請に行く。アメリカで撮ってきた写真はOKだったが、ネットからダウンロードした申請書は使用できないとのことで、再度書き直し。娘は長いこと係官の面接を受けていたが、いろいろアドバイスしてくれたと言う。帰国前日の17日(火)にパスポートを受け取れるということがわかり一安心。

12時に貸衣装店へ。娘は妻が用意してくれた祖母の着物を着る。上の孫もすぐに羽織袴をつけることができた。刀もつけてもらってご機嫌。

大変なのは下の方だった。寝て起きたばかりだったので機嫌が悪く、羽織を着せても泣き叫んで脱いで裸になってしまう。暑かったせいもあっただろう。だましだまし機嫌を取り写真撮影。すぐに衣装を脱いでしまい、座り込んでしまったりして、なかなか撮影ができなかった。全てが終了した時には、1時をかなり過ぎていた。

すぐに廣幡八幡神社に行き、季節外れの七五三の祈祷をしてもらう。神主さんには「泣いてもそのまま続けてください」と頼んだが、孫たちは暴れたり泣き叫んだりすることもなく、お祓いの最中、下の孫がおならをしただけで無事に祈祷が終了。千歳飴や折り紙や本などをもらった後、境内で写真を撮って帰る。貸衣装店に着く前に、下の孫は車の中で羽織袴を脱ぎ捨て真裸になっていた。

怒涛の日々はまだまだ続く。

 

サッカーはなぜ世界的スポーツなのか? 

サッカー・ワールドカップ、朝3時にベルギー戦のキックオフ。後半開始早々、日本が2点を入れリードした時には、ひょっとするとひょっとするかもと思ったが、その後3点入れられ敗退。最後の1点はアディッショナルタイム中だった。会社のことを考えずに、明け方までサッカーをゆっくり見られるとは、定年生活というものはなんと良いものだろうかとしみじみ思う。

サッカーは世界中どこでも人気のあるスポーツだ。それはオフサイドなどの細かな規定はあるものの、ルールがわかりやすいからだろう。単純に言えば、ゴールキーパ―以外は手を使ってはいけない。そしてゴールにボールが入ると1点が入るというゲームだ。

いつかサンフランシスコでタクシーに乗ったら、ドライバーは「ロシアからやってきて、まだ半年だ」と言う。野球場の横を通った時、彼は私に「野球のルールがわかるか」と聞いた。Yes!と応えると、彼は「TVをつけると野球を放送しているが、グランドで何か起こっているか、自分にはまったく理解できない」と言っていた。

私の子供の頃は、スポーツと言えば野球しかなかった。毎朝、学校に行くと「三角ベース」をやるのが普通だった。だから、なぜバッターが打ったら3塁ではなく1塁方向に走るのか、なぜフォアボールで1塁に行けるのか、なぜストライク3つでアウトになるのか、なぜフライが上がって捕球したらアウトになるのかなどと聞かれても、物心着いた時から感覚的に身についていることなので説明できない。

オーストラリアやニュージーランドでは、TVでよくクリケットを放送している。私は30分ほどじっと見ていたが、最後までルールもその面白さもよくわからなかった。きっとサンフランシスコで会ったロシア人の運転手も、そんな気持ちで野球を見ていたのだろう。

午後、洗濯を済ませ、次の本の原稿を400字で8枚ほど書く。私のような古い編集者は、何字×何行といわれても、やはり400字原稿用紙で何枚でないとピンとこない。

まだ本の全体像が見えてこないが、とにかくどんどん書いて、最後にうまく繋がるような構成を考えることにしよう。

KくんはもうNYから帰って来たのだろうか? 「近々お昼を食べましょう」と言っているが、娘の家族もアメリカからやってくるし、なかなか時間が取れない・・・と思っていたが、娘の家族は金曜日の午後3時半に羽田に着く。その前だったら、渋谷で食事をして、空港に急げば大丈夫ということに気づきLINEを送る。

上の孫は今度が3回目の来日、最初はまだ赤ん坊だったし、この前は妻の母親の葬式でやってきた。それぞれ1週間足らずの滞在。下の方は今度が2回目。これまでたった1週間しか日本にいたことがない。

今度はまるまる2週間の夏休み。2人の目に日本はどう映るのだろうか? 

初ヒットが初ホームラン、頑張れヒガシオカ!

9時からヤンキースレッドソックスの試合を見る。NHKBSもワールドカップを放送をしているので、CSJ sports 2で。NYにいるKくんは試合に間に合って、スマホQRコードを無事に提示できただろうか? TVに観客席が映るが、もし大丈夫だったらきっと内野席の一番上の方にいるのだろう。

ヤンキースのキャッチャーは日系4世のヒガシオカ、祖父が日本人だと言う。まったく日本語が喋れず、父親からは田中マー君と積極的に日本語で話して覚えるようにと言われているという。

入団して10年間ずっと3A(日本で言えば2軍)暮らしで、やっとメジャーリーギのレギュラーになれた苦労人。しかも1軍の試合に出場し始めてから、これまで22打数ノーヒット。3Aで大活躍してレギュラーになれたのかと思ったら、打率も1割台だったとのこと。きっとリードが抜群にうまいから抜擢されたのだろう。

そのヒガシオカが何と2打席目にレフトスタンドにホームラン。メジャーリーグ初ヒットが初ホームランだった。解説者も「彼はきっと今日のことを絶対に忘れないだろう」と言っていた。ひょっとしたら「サンデーモーニング」あたりで紹介されるかも。何しろ日系のメジャーリーガーなのだから。

野球は11対1でヤンキースワンサイドゲーム。試合終了は11時55分。Kくんは球場から無事にニュージャージーのホテルにたどり着けたのだろうか?

その後、娘たちが泊まる部屋の片づけと掃除。汗びっしょりになる。

バスで駅に行き、銀行で用を済ませ、ジムに行く。ストレッチを20分、ウォーキング15分の後、筋トレ、腹筋など20分。

家に帰り、本を読むか原稿を書くかしたかったが、明朝3時からワールドカップの決勝トーナメント(昔は決勝リーグと言っていた)のベルギー戦があるので、それに備えて睡眠をとることに。

9時に起きるとKくんからlineが届いていた。「日本人がNYで生活するにはエネルギーが必要ですね」と。今日、彼は自由行動日で自分一人だけで歩き回っている。だからいろいろなことをビンビンと感じたのだろう。団体だとそうはいかない。私の知り合いでツアーでNYに行った人がいた。「ものすごいエネルギーのある街だったでしょう?」と聞いたら「ただ黒人が多いなあと思っただけだった」と言っていた。

Kくんは、一人旅の大変さと醍醐味を感じ取ったようだった。そういう共通認識を持つ友達が増えることは嬉しい。

さて、あと4時間で日本対ベルギー戦のキックオフ。もし勝ったら、日本のサッカー界、いやスポーツ界においても大変な偉業になるだろう。

ヤンキース戦チケット、QRコードがNYに送れない?

627日(水)、渋谷センター街のイタリアン「Ventuno」。私がいた出版社の同僚のHくん夫妻と秋にハワイへ行くので、その打ち合わせ。「もう両親が歳なので、急に病気になって行けなくなったらどうしようか」という話になる。私も妻も、母親が高齢だったので、海外旅行に行く前にはいつも心配になった。直前で行けなくなるとキャンセル料が発生し、まるまる損することになるし・・・。そんな時のために「旅行キャンセル保険」ができたという話をする。通常の保険にほんの数百円上乗せするだけで、キャンセル料が補償されるのだ。

保険会社のネットでも調べてみたのだが、ホームページには「旅行に行きたくても、親が危篤になったり、家族が急病になったりする心配があるために、最初から諦めている人が意外と多いのが実情です。この旅行キャンセル保険がそんな需要を掘り起こし、集客力を増すことができ、ビジネスチャンスも広がります」と書いてあった。

世の中には、人々がいろいろなことをしたいと思っても、制約や不安があって諦めてしまっていることも多い。会社がアイディアを出して新たな制度やシステムを作ったり、国が法律を変えたり省庁が規制を緩めることによって、人々がものすごく活発にいろんなことができるようになることも多いのではないか? しいては、それが経済の拡大につながる可能性もある。

私の妻も一緒にハワイに行くことになっているのだが、2日後の29日にイギリスに行き、2か月にわたって英語学校に通う予定なので、その支度で忙しい・・・というより、76日(金)にアメリカから娘の家族が来るので、そっちの準備の方が大変のようだ。

娘の家族は、昨年10月に妻の母親が98歳で亡くなり、その葬儀で来日したのだが、その時に「孫2人の七五三もやりたい」と言っていた。だが、喪が明けないと神社に入ってはいけないとのことで諦めたのだった。

先日、神社に確認てみると「秋の七五三シーズンでなくても結構です」と言う。衣装合わせや写真撮影の予約などは全て私がやった。娘の夫はアメリカ人で、紋付き袴も着るつもりでいたのだが3万円かかると言うことで諦め、スーツを持ってくることにした。私も子供の七五三の時はスーツだったし、まず第一に主役は子供なのだから・・・。ただ娘は祖母が遺してくれた着物を着る予定。

それから子供たちの日本のパスポートも取りたいと言う。もう、続々と日本にいる友達に会ったりする予定も入っているようで、七五三や軽井沢旅行、パスポート申請と受取をどのようにスケジューリングするかで頭を悩ませている。

28日(木)は、家の中の片づけ。とりあえず必要ない冬に使うものを近くに借りているレンタル倉庫に運ぶ。

29日(金)、妻を成田空港に送っていく。8月中旬に私もイギリスに行って合流しスコットランドを一緒にドライブして、日本への帰途バンコクで友人のイギリス人Brian Powleさんに会う予定なのでタイ航空にした。そのおかげで、私の飛行機も真夏だというのに成田・ヒースロー間が13万円だった。

午後4時半、妻はゲート入口を入っていく。考えてみればもう十数年前、娘がアメリカに留学する時も、ここで別れた。その時が、まさに娘の人生を大きくダイナミックなものに変えた瞬間だったのだと思い、感慨深かった。妻はいま64歳だが、彼女の人生も大きく変わるのだろうか? いまから・・・?

妻の飛行機が飛び立つまでデッキのベンチに座り約1時間半待つ。梅雨が明けて真っ青な夏空。太陽の光が肌に当たってジリジリと焼けるようだったが、強い風が吹いていたので、体も心も爽やかだった。6時、タイ航空のジャンボ機がデッキの前を通って滑走路に向かう。それから20分後、機体はとても重そうにゆっくりと滑走路を走り、やっとのことで陸を離れた。飛行機が空に消えるのを見届けると、ターミナルの五右衛門でひとりパスタを食べ、10時近くに家に着いた。

30日(土)、もうひとりの元同僚のKくんが、いまアメリカ東部を旅行している。彼は71日(日)にNYに行きヤンキー・スタジアムでレッドソックス戦を観戦することになっている。私が自分のパソコンで、Kくんの代わりにチケットをネットで購入した(妻は「あなたは日本国内のことは何もできないのに、海外のことになるとすいすいできるのね」と不思議そうに言う)。試合が始まる48時間前までにQRコードが送られてくることになっている。それを彼に転送にしなければならない。

朝起きると、私のiPhoneにメールが来ていた。その英文のClick HereとなっているところをクリックするとQRコードが出てくるのだろうが、一度それをやってしまうと、NYにいる彼の方で再度QRコードを出すことができなくなるかもしれないと思い、そのまま転送した。

彼にラインで確認してみると、私からのメールは届いていないと言う。やっぱり転売を防止するために、ネット購入した本人にしか見られないようになっていて、転送できない仕組みになっているのだろうか?

しかたなく、私のiPhoneの画面にQRコードを出して、それを写真に撮ってLINEで送るという方法を考えた。Click Hereというところをクリックすると、アドレスやパスワードを入力する画面が出てきた。入力してみると、ちゃんとQRコードが出てくる。これでひと安心。これを写真に撮って彼に送り、それを球場の入口でスキャンしてもらえれば入場できるはずだ。写真に撮ってもQRコードはQRコードだ。

ところが、妻もイギリスに行ってしまったので、私のiPhoneの画面を撮影する人がいない。そこで次に考えたのが、QRコードを私のパソコン画面に表示し、それをiPhoneで撮影するという方法だった。しかし何度やっても「デスクトップでは表示できません」となってしまう。iPhoneを球場に持っていって、入場ゲートでQRコードを提示するという前提でチケットのネット販売をしているらしい。その後、いろんな方法を考えてはトライしてみたのだが、どれもうまくいかなかった。これでは、彼の払った観戦料を弁償しなければいけないな・・・と心配になってきた。

ヤンキースから来たメールは本当に転送できないのだろうかと思い、私の自宅のアドレスに転送するとちゃんと送られる。CCKくんにも送ってある。LINEKくんに電話すると、やはり「届いていない」と言う。「おかしいな。家のパソコンには転送できるんだけど・・・」と言って、再度空メールを送ると、

しばらくしてKくんから電話があった。「いま大量にメールが届きました」と言う。登録してあるアドレスとパスワードを言うと、「あっ、いまQRコードが出ました」と言うので、ホッと胸をなでおろした。

彼の話では「アメリカで定額パケットに入ったのだが、それは1日ごとに更新が必要なものだった。だが、その更新を忘れていた」とのことだった。でも、だったらなぜLINEOKなのだろうか? よくわからない。

Kくんはとても恐縮して、平謝りに謝っている。でも、私だってKくんには日頃本当に世話になっているし、いろいろ助けてもらっている。そんな気にしなくてもいいのに・・・。

すったもんだがあったが、とくかくKくんはこれで念願だった本場の野球の試合をヤンキー・スタジアムで見ることができる。田中マー君故障者リストに入っていて出場しないのは残念だが、メジャーリーグの試合の雰囲気を大いに味わって来てほしい(そうだ! セブンイニング・ストレッチで歌うTake me to the ball park私を野球に連れてって」を教えるのを忘れていた)。試合は夜805分から。日本時間だと月曜日の午前9時。えっ、ほんと? 

71日(日)、朝9時から「ウィンチェスター・ハウス」を見ようと思い早起きする。だが、やはりいつものように支度が遅くなり断念。そこでジムに行くことに変更する。ところがジムに行くと駐車場が満車で車が10台も待っている。朝9時半、ジムが開いてからまだ30分きり経っていない。しかたなく行き先を柏アリオに変更。9時半からの「焼肉ドラゴン」はもう始まってしまったが、次の12時台の回は見られるはずだ。まだ10時前なので駐車場に車を止められるだろう。映画が始まる前に本を読もう。何冊か本もリックに入っている。

16号に出て車を走らせていると、なぜ真っ先にジムに行こうと思ったのかを思い出した。ジムでウェイトをやった後、風呂に入ろうと思っていたのだ。2つ先の信号を左に曲がれば、手賀沼大橋のたもとに「満天の湯」という温泉がある。再度行き先を変更。ジムで使おうと思っていたタオルも持っている。

お湯にゆっくり1時間ほど浸かる。その後マッサージ、40分コース。背中がものすごい硬さでパンパンになっているという。そういえば最後に温泉に入りマッサージを受けたのは、もう半年も前のことだった。定年後の生活も忙しいが、せめて1週間おき程度には温泉に来てマッサージを受けたいものだ。

何とカードのポイントが平成20年からたまっていて、4000円が半額の2000円になると言う。平成20年と言えば、10年も前だ。この温泉のマッサージ店のカードは、ポイントに期限がなく途中で消えることがないと言う。よくそのカードを10年も持っていたものだ。自分で自分を褒めてあげたい!

その頃、私は何をしていて、どんなことを考えていたのだろう?

定年したのに、なぜこんなに忙しいのか?

623日(金)、内外メディア研究会の例会で日本記者クラブに。週刊新潮の元編集長の講演。質問も含め2時間。その後、二次会。喫茶で講演を聞きにきた人たち数人とお茶を飲む。私が2か月前に定年退職し、最後の有給休暇を使って大西洋横断のクルーズ船の旅をしてきたことを話すと、みなさん興味を持ってくれる。私の名刺には、著書の「世にもおもしろい英語」「アダムのリンゴ」も印刷してあるので、それについてもいろいろ聞かれる。みなさん、私の話を「とてもおもしろい」と言ってくれて、「講演でもあれば聞きに行きたい」と言ってくれる人もいた。

夕方に、4月末まで勤めていた会社に行き、荒川君と小池君と夕飯。久しぶりのゴールド・ラッシュ。小池君は今度アメリ東海岸に旅行に行くので、いろいろアドバイス。普段、何に気なしにアメリカに行っているので、どのようなことが彼の役に立つ情報なのかわからなくなっている。

623日(土)、4月末まで勤めていた出版社の「OB会」の会報の原稿を頼まれていたので、それを執筆。私の本のこと、2冊目を編集している時に起こった「不思議な出来事」について。2冊の書影もスキャンして送信する。編集人の藤橋くんは気に入ってくれるだろうか?

624日(日)、映画「終わった人」を観るため車でショッピング・モール「柏アリオ」に。オープンが10時なのだが、映画が始まるのが930分。車もTOHOシネマに近い駐車場の端の方に留めたのだが、近くの入口から入ろうと思っても閉まっている。しかたなく中央の入口まで走り、そこから建物に入るが、1階から3階までさまよったものの、どこもシャッターが閉まっていて映画館にたどり着くことができない。

柏アリオの代表番号に電話をすると、一度外に出て先ほど最初に入ろうとした入口よりさらに遠くの入口から入らなければいけないということがわかった。走っていったが、もう映画が始まってから15分も過ぎてしまったので、930分の回はあきらめざるをえなかった。何のために朝早く起きたんだ! 仕方なしに、次の1210分の回を観ることにした。

でも、事前にチケットを買っていったら、払い戻しをしてくれたのだろうか? ネット購入の際の注意事項には「いかなる事情があっても払い戻しはできない」とある。だが払い戻しではなく「次の回を見る」ということなので、もしマネージャーが柔軟な対応のできる人ならOKしてくれたかもしれない。何しろ、映画館が入っているショッピング・モールには20分も前の上映開始時間前に着いていたのだから。

まだ2時間もある。トイレの近くの椅子で本を読んでいると、アッという間に1130分になってしまった。少しでもいいので何かお腹にためなければ、2時まで空腹の状態で映画を観ることになる。それでは映画に集中できない。

フードコートに行ってみると、ものすごい混みようだった。あの広大なフードコートが満席になっていて、空いているテーブルがひとつもない。だが、時間もあまりない。一番簡単で早い「板蕎麦」を食べることにする。注文すると板蕎麦はすぐに出てきたのだが、何と空いている席がない。私は蕎麦とつけ汁を載せたお盆を持ったまま、カウンター席の後ろに立ち尽くして、そろそろ食べ終わりそうな人の後ろでジリジリしながら待つ。映画もすぐに始まってしまう。今度はチケットは買ってしまったので、見逃すことができない。

父親と娘だと思うが、すでに食べ終わった人がいた。その後ろで待つが、なかなか席を立たない。もうひとりのお母さんが、まだ半分も食べていなかったのだ。待つこと10分、やっと別の人がお盆を持ってひとり立ち尽くしている私に気づいてくれて、席を譲ってくれた。大急ぎで蕎麦をかき込み、映画館へ。もう予告編が始まっていた。

内館牧夫さん原作の映画「終わった人」。全く観る気がなかったのだが、定年を迎えた人が普通はどんな感じなのか知りたいという興味で観ることにした。映画の冒頭は、かなりステレオタイプな滑り出しだった。何もすることがないので、時がゆっくり流れる。テレビを見ていても面白くない。手持無沙汰で何をしたらいいのかわからない。時間は午前11時、主人公の舘ひろしは「まだこんな時間なのか」とつぶやく。暇を持て余していて、どうしようもないのだ。

それを見ながら、2か月前に定年になった私には「暇を持て余し、何をして時間をつぶしたらいいのかわからない」という状態になったことが一度もないことに気がついた。2か月間、本当に忙しく行きつく暇もなく動き回ってきた。

先週の金曜も、あと1か月で定年を迎える荒川君に「本当に忙しいよ。これまで朝晩の通勤を含めて毎日10時間会社に捧げてきた。それが全て自由に使えると思ったけれど、意外といろんなことができないんだ」という話をした。

私の場合は、本や雑誌記事も書いているし、このブログも書いている。読みたい本もたくさんある。暇だから本を買ってきて、積んだままにしているわけでない。本当に今すぐにでも本気になって読みたいのだ。テレビもすぐにでも見たい番組の録画が3年分たまっている。映画も週に3本は見たい。英会話も4月の2週間の船旅では、たくさんのアメリカやカナダの人たちと英語で話したが、日本に戻ってからも一生懸命トレーニングしないと、すぐに喋れなくなってしまうし、リスニング力もなまってしまう。1日に1時間半は英語に費やしたい。

ジムには週2回、手賀沼周辺のウォーキングも週に1度はしないと、じきに歩けなくなってしまいそうだ。上野や乃木坂の美術館にも行きたい。忙しいので、シャワーも1日おきに浴びている(時間節約のために風呂には入らない)。執筆の関係で肩がものすごく凝るのだが、近くの温泉に行って、お湯にゆっくり浸かってからマッサージもしたいのに、なかなか行けない。それにもっと旅行もしたい。

定年になってから、嫌なことは絶対にやらないことにしようと誓ったが、やりたいことが多すぎるのになかなかできない。だから、たまにパニックなる。仕事でパニックなったことは、それほどないのに。

本当にやりたいこと、ひとつひとつを確実に堅実にやって行くしなかない。本当に「終わった人」とは対照的な日々を過ごしている。