白いチョークの絶壁「セブンシスターズ」
8月18日。前の晩9時に着いたブライトンのホテルは最悪だった。「ホステル」というだけあってバックバーカーや多く宿泊しているユースホステル、あるいはYMCAのような感じの宿泊所。二段ベッドで一部屋に8人が2段ベッドで寝る部屋もあるのだが、私はひとり一部屋でトイレ・シャワー付きの部屋を予約していた。この宿泊所の中では特別室みたいなもんだと思っていた。だが部屋は汚く狭い。ベッドに寝るのもはばかられるような不潔さだった。
バックパッカーが泊まるようなホテルの口コミには十分注意しなければいけない。彼らは「安い」ということをことさらに評価する。コスパが良ければ高評価にしがちなのだ。高くて豪華なホテルだと、お客さんの期待度も高いので、ちょっとしたことで低評価になる。でも安いホテルは、宿泊客があまり多くを期待しないだけあって、口コミの評価は異様といえるほど高くなることがある。それは承知だったのだが、今回はそれに騙されてしまった。
できるだけこのホテルの部屋にはいたくなかったので、私としては特別に朝早く起き、スーツケースを預けて8時半のバスで「セブンシスターズ」という海辺の白亜の崖を目指す。2階建てのバスで走ること1時間。一番近くのバス停に着いたのだが、どっちに行ったらいいかわからない。レストランの看板が見えたので、まずそこで朝食。目玉焼きとベーコン、ソーセージにマッシュルームのバター焼き。特にマッシュルームが絶品。マッシュルームってこんなにおいしかったんだ。
近くに観光案内所があったので地図をもらう。白い崖にはいくつもの行き方があるようだが、私は白い崖が一番遠くまで何重にも見えるコースを選んだ。牛や羊が放し飼いにされている牧草地や森の中を歩くこと約30分、海辺に着く。目の前には高さ150メートルもの白亜の崖が見える。「白亜」は英語でchalk、「チョーク」だ。私が学生の頃は先生が黒板に板書するのに「白墨」を使っていた。それがチョークだ。いまも学校で使っているのだろうか? だいたい教室に黒板自体がないのか?
「イギリス」は、その昔「アルビオン」とも呼ばれていた。古代ローマ時代にイギリスに遠征したカエサルが、海からブリテン島の白い崖を見て「アルビオン」(白い国)と読んだことから来ているという説もある。albとは「白い」ということだ。「アルバム」も、ラテン語で人々に告知をするためのalbus「白い板」から来ていて、それが切手や写真を貼る白いノートからレコードまでを意味する言葉となった。
イギリスの英仏海峡に面した白い絶壁がいくつもあるが、セブンシスターズはその中でも最も有名な景勝地だ。
またバスに乗って1時間、2時にブライトンに戻り、ホステルでスーツケースをピックアップ。大急ぎでタクシーに乗り駅に向かう。3時にポーツマスのホテルで妻と会うことになっている。妻は7月と8月の2か月間、ボンマスという街の語学学校に通っている。
電車で1時間、ポーツマスの3つ手前のFrattonという駅に着きホテルにチェックイン。部屋に入らずにそのままフロントの前で待っていると、30分ほどして妻がタクシーでやってきた。とても元気そう。若いことからの夢だった海外留学をこの歳でやっと叶えている。
我々の頃は海外留学なんて夢のまた夢だった。学生時代に金沢から来ていたクラスメイトがナンシーというドイツ国境に近い街の大学に留学した。ナンシーと金沢は姉妹都市で、毎年ひとりが選抜されて1年間留学できたのだ。試験を受けた後はくじ引きだったと言う。本当にうらやましかった。あと産経スカラシップなんていうのもあった。あの頃は留学がほんとうに狭き門で、優秀な学生でないとできなかった。
妻はすでに1か月半、若い学生に交じって英語学校で勉強している。日曜日は学校の主催するオプションツアーもある。Bathという古都やストンへンジにも行ったし、明日の日曜にはワイト島という人気観光地へのツアーにも参加すると言う。
ホテルのロビーで話し込んでいたら、歩道を大勢の人たちが歩いている。フロントの人に聞くと、ホテルのすぐ裏にフットボール(イギリスでは「サッカー」をこう言う)チーム、ポーツマスのサッカー場があって、いまオクスフォードとの試合が終わったばかりだと言う。妻は5時50分のバスでボンマスに帰らなくてはいけない。慌ててフロンでタクシーを呼んでもらうと、「サッカーの試合が終わったばかりでホテルに来るのに20分かかる」と言う。それでは間に合わない。仕方なしに近くのバス停を教えてもらい、そこから港近くのバス中央ステーションに行く戻ることに。45分で行けるだろうか? かなり焦ったが、後で妻に聞くと出発の10分前にはバスに乗れて、ボンマスには夜8時に到着したと言う。
夕飯は近くのケンタッキーフライドチキンで済ませ、部屋に戻ってブログを書こうとしたが、珍しく朝早く起きたこともあり疲労困憊で書かずに寝てしまった。
さて、明日はインターナショナル・ポートからフェリーに乗ってフランス・ノルマンディのカーンという街に向かう。船で国境を越えるのだ。