旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語』(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に 出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えました。いま世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆とともに、旅先ではこのブログを書いています。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

旅三昧&ときどき読書+映画

私は小泉牧夫。英語表現研究家という肩書で『世にもおもしろい英語』『アダムのリンゴ 歴史から生まれた世にもおもしろい英語」(IBCパブリッシング刊)という本を書いています。2018年4月に出版社を退職し、41年にわたる編集者生活を終えます。それからは世界中を旅しながら、本や雑誌記事の執筆をする予定。お金はありませんが、時間だけはたっぷりある贅沢な旅と執筆と読書と映画の日々を綴っていきたいと思います。

文化科学宮殿とユダヤ人博物館。ヒトラーから逃れソ連に保護を求めたユダヤ人もいた

71日(月)、今日も朝6時までブログを書き11時に起きて、12時にホテルを出る。明日列車でワルシャワからクラコフまで行く。その予約をするために中央駅へ。まだ朝食も食べていない。途中にケンタッキー・フライドチキンがあったので入る。シーザーサラダを注文。600円ほど。やはり朝食はこれぐらいに抑えたい。

一番奥の席に行って、そこで食べようと思ったら、昨日キュリー夫人博物館で出会った2人の日本の駐在員がいた。「あれ、昨日お会いしましたよね」と言うと、「奇遇ですね」と言う。仕事でこれから人と会うとのことで、一生懸命パソコンを叩いている。ひとりが「いまこの通りを『宮内庁』という紙を貼った車が通りましたよ。秋篠宮様が乗っていたんだと思います」と教えてくれた。失礼だとは思ったが名刺を差し出すと、ひとりが「私も柏なんです。増尾というところなんですが」と言う。「私はよく増尾華屋与兵衛やバーミアンや夢庵に行くんですよ」と超ローカルな話をしてしまった。

サラダを食べ終わると「良い旅を」と挨拶して中央駅に向かった。雨が降り出したので駅舎まで走る。土砂降りの雨になった。雷も鳴っている。この旅は天気に恵まれている。ザルツブルグ郊外の湖に行き登山電車で山頂を往復した時も、街に戻るバスに乗った途端に雷が鳴り出し激しい雨になった。チェスキー・クルムロフでも夜は雨だったが、朝になると空は晴れ上がっていた。

駅構内に走り込み、チケットカンターに。30人ほどが並んでいた。何か飛行機のチェックインの際の行列のようだ。予約をするだけで毎回これだけの行列に並ばなければいけない。もう少しどうにかならないものか? 日本で、例えば新幹線のチケットをみんなこんな長い行列に並んで買っていたら大混乱になるだろう。

20分ほど待って私が列の先頭になった。「6」という数字が出たので、6番窓口に行く。ユーレルパスを提示して、午後150分発、416分着の列車を予約。43ズウォテイ。日本円にすると約1300円だ。日本で5万円で購入したユーレイルパスを持っているので、乗車賃がいくらなのかわからないが、座席予約だけでこんなにするのか?

外に出ると、雨はやんで晴天になっていた。駅のすぐ横の広場に「文化科学宮殿」という高層の建物があった。『地球の歩き方』に「ソ連スターリンからの贈り物として1952年から3年の歳月をかけて建てられた」とある。私が生まれた頃だ。「科学アカデミーなどの研究機関、映画館やコンサートホールなども入っている」と言い、30階の展望台までエレベーターで昇ることができるらしい。

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正面の入口を入ると、どうも映画館のようだ。窓口に女性がいたので「ここは映画のチケットを買うところですね」と聞くと「Yes」と言う。「塔の上に昇りたいんですが、入口はどこですか?」と聞くと、「out, left and left」と言う。「外に出て左に行き、この建物に沿って左に曲がる」ということをとても明確にわかりやすく表現している。こういう英語でいいんだ。

チケットを買ってエレベーターで30階に上がると、鉄製の網で覆われているものの横からの雨や風が吹き抜ける展望台になっていた。先ほどのような激しい雷雨の時には、すさまじい雨風が吹き抜けるのだろう。そよ風が気持ちいい。西側には中央駅が、東の方には旧市街の建物の茶色の屋根が見える。布の長椅子がいくつもあり、そこに座ってゆっくりくつろいでしまった。

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市の北西に「ポーランドユダヤ博物館」があると言うので、初めて地下鉄に乗って行ってみることにした。販売機で20分有効のチケットを買い、2駅先の駅に。そこから歩いて15分で、その博物館に着いた。ものすごく洒落ていて立派な建物だった。世界中のユダヤ人の団体や金持ちから寄付が集まるからなのか?

朝の出だしがいつも遅いので、もう4時。12時過ぎにサラダを食べただけでお腹がすいていた。チケット買ってすぐにレストランでお昼か夕飯かわからない食事をする。5時ちょっと前から展示を見始める。日本語音声ガイドはないとのことで、英語のパネルをじっくり読んでいると、係の人から「今日は6時で閉めますのでお急ぎください」と言われてしまった。あと50分もない。

洒落たスクリーン映像、創意工夫を凝らしたイラストを使った解説などもあるが、どうもうまく頭に入ってこない。ユダヤ人がどのようにしてこの地にたどり着いたか? ヒトラーがどのようにポーランドを手中に収め、多くのユダヤ人を収容所に送ったのか? そのあたりのことを時系列で明確に解説してほしいのだが、細かな解説が多いため、いまいちわかりにくい。ひとつだけわかったのは、ヒトラーの影響下から抜け出すためにソ連の力に頼ろうとしたユダヤ人も多かったということだ。なるほど命の危険が迫れば、イデオロギーなどどうでもよくなる。パネルには「全体主義より社会主義」とあった。

6時に博物館を出て、今度は地下鉄で中央駅を通り過ぎ3駅先に。そこから東に行ったところにワジェンキ公園がある。きれいな宮殿もあるらしいので、そこに向かう。連日2万歩も3万歩もあるいていて、もう脚も限界。特に石畳の歩道はバランスもとりにくく脚に負担がかかる。

20分ほどで公園の前に到着。サッと見て帰ろうと思ったが、宮殿の前までは言ってみたい。子供を連れている人がいたので、宮殿の場所を聞いて見る。「ここをまっすぐ行って先を左に入ったところです」と言う。その宮殿らしき建物を写真におさめてホテルに戻ることにする。

歩いて30分。やはり地下鉄が縦に1本、左右に1本走っているだけなので、バスが使えないとどうしても長時間歩くことになる。あのナチスに対するレジスタンスの象徴となっている「地下水道」を壊せないから、新しい地下鉄を建設することができないのではないかとまで考えてしまう。iPhoneGoogle Mapも地図は表示されるものの、行きたい場所を入力しても交通機関が出て来ない。プラハでは、目的地を入力すれば、どこの停留所で何番の路面電車に乗って、どこで乗り変えるかまで、わかりやすく教えてくれたじゃないか。

歩道の横にアメリカのドナルド・レーガン元大統領の銅像があった。向かい建物がアメリカ大使館らしい。日本大使館もこの近辺にあると言う。

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 やっとのことで、ホテルにたどり着く。疲労困憊でベッドに倒れ込み、明け方4時まで寝て、それからブログを書く。